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2006年11月08日

もうすぐお別れ JR灘駅舎

現在、阪急百貨店の建て替えに伴い、歴史ある旧阪急梅田駅コンコースが取り壊され、心が痛む中、また1つ歴史ある駅舎が取り壊されてしまいます。JR東海道本線(JR神戸線)の灘駅の駅舎が橋上駅舎化に伴い、今月にも取り壊しが始まることになっています。

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先日、灘駅舎の見納めに行ってきました。近くの王子動物園の最寄り駅なので、そこへ行く際に降り立った人も多いかと思いますが、極もんはここで下車するのは初めてです。

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ホームに降りると、まず注目すべきは、19世紀のイギリス製レールを再利用したというホーム上屋です。そして、改札口へと利用するのが、何とも趣がある木製の跨線橋です。ここを歩くと現代のものとは違って、凄く暖かみを感じます。

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<木製のずっしりとした存在感ある跨線橋。
神戸都心近くにこんなものが残っていたとは・・>

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動物園側の北側の駅舎が昭和12(1937)年に建設された70年もの歴史ある駅舎です。南北にアーチ窓があること以外はシンプルなデザインですが、何とも深みを感じます。まるで映画に出てくるような懐かしい駅舎らしい駅舎だと思いました。

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<アーチ窓と扉が付いた入り口。まるで洋館のようだ。>

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これらすべてが橋上駅舎化によって取り壊されてしまいます。地元住民にとって駅の南北を結ぶ自由通路の建設は念願だったということですが、作ろうと思えば、駅舎と跨線橋を残したまま作れないことはなさそうです。

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自由通路を作るだけならば、跨線橋に並行して作れば良いことです。しかし、JR西日本としては、現在、南北にある改札口を1つに統合して合理化したいところなのでしょう。橋上駅舎にするにしても、旧駅舎だけでも改札設備を取り払った後、入り口の建物として残せそうですが、どうして壊すのでしょうか。店舗開発でもして一儲けする気なのでしょうか。折角、戦争でも焼けず、震災にも耐えた駅舎なのに、簡単に壊してしまうのはもったいないです。

いつも思うことなのですが、どうしてこういう時、壊すか、利便性かの二者択一になるのでしょうか、どうして遺産を残すことと利便性を両立させることを練って考えないのでしょうか。もっと文化を大切にする風土を築いてもらいたいものです。

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―――11月12日 追記―――
レールブログにもJR灘駅についての記事を書きました。全く別の写真を使っていますので、どうぞご覧下さい。

タグ:神戸 鉄道
posted by 極もん at 23:50 | Comment(11) | TrackBack(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
かけがえのない近代化遺産、JR灘駅舎の保全活用について再検討を関係方面へ呼びかけています。何らかの形で近代の名建築を壊すのだけはやめてください。震災で多くの優れた近代建築が姿を消しています。今残されているものはできるだけ大切にしていきたいものです。よろしくお願いします。
Posted by 明治建築研究会 at 2007年07月18日 19:09
残してほしいが、今更手遅れではないのか。と考えている人は多いと思います。橋上駅ができるのとは別に歴史遺産としての活用を考えてほしいと思います。新しい灘の駅前に歴史を物語る昭和戦前の駅舎をできれば町のシンボルとして残してほしいものです。
Posted by 明治建築研究会 at 2007年07月19日 17:34
明治建築研究会さん、コメントありがとうございます。
震災で残したくても残せなかった建物があったのに、その神戸において人の手で貴重な建物が壊されてしまうのは本当に残念なことですね。アイデア次第では残したまま新しいものを作ることも可能だと思います。行き過ぎた合理主義は本当に問題だと思います。

阪急梅田駅コンコースは残念ながら無惨に壊されていまいましたが、今後の活動にネット上での活動事例として下記サイトもぜひ参考にどうぞ。
http://blog.livedoor.jp/hankyu13/
Posted by 極もん at 2007年07月19日 20:25
コメント有難うございます。いろんなとこらから保存のラヴコールを頂いています。皆様の声が高ければ保存は実現できるのではないかと思います。賛同いただければ保存へのお願いをJR西日本ヘメールでお送りください。かけがえのない歴史建築は開発的保全再生を図るべきです。よろしくお願いします。
Posted by 明治建築研究会 at 2007年07月20日 17:32
2年前には「旧阪急梅田駅コンコースを残したい・・」への賛同により、随分たくさん自治体の文化財保護課や有力テレビ番組などにメールを送ったものです。阪急の社長さんには郵送で手紙を送りました。ネット上でも掲示板やブログなどへたくさん呼びかけました。それでも、世の中を動かすことができませんでした。かなり神経がピリピリして体調に支障をきたしました。ですので、そう簡単なものではないと思います。でも、何かやらないと何も始まらないのですよね。
Posted by 極もん at 2007年07月21日 01:08
極もんさん有難うございます。40年近く明治建築の保存に取り組んできましたが、ほとんど破壊されています。しかし、地元の熱意があれば保存へ逆転した建築もあります。神戸地裁、旧兵庫県庁舎、芦屋の図書館などが逆転保存されています。それぞれが、後から、悔しい、残念だ
といわないために、今できることをささやかでも続けたいと思います。メールでの保存作戦を最後までしています。よろしくお願いします。解体へ向けてのの裏話は、たくさんありますが、とにかく、保存への動きを,一人一人がどこまで作れるかだと思います。
Posted by 明治建築研究会 at 2007年07月21日 05:07
解体工事を前にして保存を求める声が高まってきています。解体工事を前にJR 灘駅舎の保存をメールで呼びかけています。橋上駅の建設と別に現在の駅舎を歴史建築として活用する。保存を要望される方、JR西日本、神戸市、兵庫県、内閣府へ保存要請のメールをお送りください。よろしくお願いします。
Posted by 明治建築研究会 at 2007年07月22日 03:42
明治建築研究会さん、コメントありがとうございます。
なるほど、40年も実績がある団体さんだったのですね。逆転保存という例もあるんですね。保存の輪が広がることを熱望したいと思います。
Posted by 極もん at 2007年07月22日 18:24
有難うございます。ささやかな活動は、一部IN[明治建築研究会]で御検索ください。とにかく、解体工事で現在の駅舎を移転、移築してもらうよう呼びかけています。意見が多ければJRも考えてくれるのではないかとも思うのです。JRの財産を残すのは企業の社会的な責任、使命だと思うのです。予想以上に多くの人が歴史遺産の保存を求められています。当研究会には破壊された建物、逆転保存された資料がたくさん残されています。逆転保存か、破壊かのわかれ道は、地元の方々の情熱ではないのかと思います。よろしくお願いします。
Posted by 明治建築研究会 at 2007年07月22日 20:14
そうですね。折角の歴史遺産を所有しているのに、どうしていつも企業はその価値が分からないのですかね。地元からも保存の声が出てほしいですね。
Posted by 極もん at 2007年07月31日 00:03
ご意見有難うございます。現実問題として歴史的な価値については、無関心な人、企業、団体が、多いように思われます。文化的、歴史的などそれをどのように説明し、理解してもらうかは大変なことです。地元にも、保存反対の人、保存を願う人もおられますが、お別れ会をしているので動けないとのことです。安易に、お別れ会や取り壊しを認めた事への批判も聞きましたが,最近はこのようなケースが増えているのが気になります。とにかく、保存できるかどうかは残したいと願う人の熱意だと思います。解体予定から逆転保存された歴史建築を見習って、最後まで移転による保存活用を呼びかけていきます。よろしくお願いします。後世に悔いを残さぬためにも移転活用の要望を続けていきます。ご支援よろしくお願いします。
Posted by 明治建築研究会 at 2007年08月01日 16:30
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