
▲「足の神様」として知られる服部天神宮。旧能勢街道に面した西側の入口。
今年は丑年ということで、牛と縁が深い菅原道真公(学問の神様)をまつる神社に訪問することにしました。菅原道真公は丑年生まれで、牛をかわいがっていたことや、亡くなった際に、遺言により道真公を乗せた牛車が止まった所を墓所(のちに太宰府天満宮となる)としたことなどから、全国の天満宮・天神社では、牛が神の使いとされています。

▲国道176号線に面した東側の入口。
今回は、大阪府豊中市の天神さま、服部天神宮に訪問しました。少彦名命と菅原道真を主祭神とし、「足の神様」として知られています。以前、当ブログでは、こちらの「豊中えびす祭」をご紹介しています。

▲初詣の時は右側の本殿に、えびす祭の時は左側の豊中えびす社に行列ができる。
服部天神宮の明確な創立時期は不明ですが、大陸から渡来して機織りの技術を伝え、日本各地に住み着いた秦氏一族・「機織部」(はたおりべ)が、この地にも住んでおり、少彦名命(医薬の神)をまつる小さな祠を建てたのが始まりとされています。服部(はっとり)の地名は、機織部が変化したものと言われています。

その数百年後の延喜元年(901年)、太宰府へ左遷される途中の菅原道真公が、この地で足がむくみ歩けなくなり、村人の勧めでこの祠に参ったところ、足が治ったとの言い伝えがあります。
菅原道真公が亡くなった後、天神信仰の高まりと共に、ここにも菅原道真公を合祀することとなり、社殿を造営。この頃から「服部天神宮」と呼ばれるようになり、「足の神様」として知られるようになりました。例年8月25日には、「足の守護祈願大祭」が行われています。

▲菅原道真公の銅像。
江戸時代中期から末期、能勢街道に面している服部天神宮は、周辺が宿場町として栄えていたことや、足の神様として全国から参拝者が集まったことにより、大変な賑わいを見せていたとのことです。有名な上方古典落語「池田の猪買い」にも「服部の天神さん」が出てきます。


毎年1月9日〜11日には、商売繁盛を願う「豊中えびす祭」が開催されており、約35万人の参拝客を迎える北摂屈指の「えべっさん」となっています。
菅原道真公をまつる多くの天神社・天満宮には、諸病平癒の力があるとされている横たわった牛の像「撫で牛」が置かれており、自分の体の良くしたい所をなでるとご利益があるとされているのですが、残念ながら、服部天神宮には撫で牛がありません。ただ、なでられませんが小さな牛の像が護摩堂の中にまつられています。

▲護摩堂の中にまつられている牛の像。

▲疫病を鎮めるといわれる妖怪「アマビエ」が描かれた「疫病退散」ののぼり。
さて、今年は、新型コロナウイルス流行中の初詣。混雑する日時を避ける分散参拝が呼びかけられていますが、元日の午後は、どのような人出でしょうか。訪問してみますと、本殿へお参りする人の行列が外の路地まで延びていました。それでも、例年より短いとの声が聞こえてきました。

▲外の路地まで延びた本殿にお参りする人の行列(元日午後3時30分頃)。
今回は、本殿をやめて、菅原道真公の銅像や、十二支をまつる十二支稲荷社、豊中えびす社などにお参りして帰ることにしました。

▲十二支稲荷社


●阪急服部天神駅ホームの御神木
服部天神宮最寄りの阪急服部天神駅は、明治43年(1910年)の阪急電鉄(当時・箕面有馬電気軌道)開業時から設置されている駅です。開業当時の駅名は「服部天神」でしたが、しばらくして「服部」に改称され、長らくその時代が続きましたが、2013年に再び、「服部天神」に改称となりました。
境内の一部が用地に転用されており、ホームになった場所に元からあったくすの木が御神木として、現在でも大切にされています。神棚も設置されており、毎年、服部天神宮の夏天神祭の日(8月24日)には、駅構内で阪急電車安全祈願祭が行われています。

▲阪急服部天神駅ホームの御神木。
住所:大阪府豊中市服部元町1-2-17
阪急宝塚線服部天神駅から東へ徒歩3分。
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