
服部天神宮は、大阪府豊中市の阪急服部駅そばにある神社。少彦名命と菅原道真を主祭神とし、「足の神様」として知られています。
明確な創立時期は不明ですが、大陸から渡来して機織りの技術を伝え、日本各地に住み着いた秦氏一族・「機織部」(はたおりべ)が、この地にも住んでおり、少彦名命(医薬の神)をまつる小さな祠を建てたのが始まりとされています。服部(はっとり)の地名は、機織部が変化したものと言われています。

その数百年後の延喜元年(901年)、太宰府へ左遷される途中の菅原道真公が、この地で足がむくみ歩けなくなり、村人の勧めでこの祠に参ったところ、足が治ったとの言い伝えがあります。
菅原道真公が亡くなった後、天神信仰の高まりと共に、ここにも菅原道真公を合祀することとなり、社殿を造営。この頃から「服部天神宮」と呼ばれるようになり、「足の神様」として知られるようになりました。例年8月25日には、「足の守護祈願大祭」が行われています。

▲境内には菅原道真公の銅像がまつられている。
江戸時代中期から末期、能勢街道に面している服部天神宮は、周辺が宿場町として栄えていたことや、足の神様として全国から参拝者が集まったことにより、大変な賑わいを見せていたとのことです。有名な上方古典落語「池田の猪買い」にも「服部の天神さん」が出てきます。

▲足の神様は、こちら本殿の拝殿にお参りを。
商売繁盛を願う、えびす祭を行うようになったのは、比較的新しく昭和に入ってからのこと。昭和25年(1950年)に服部天神宮宮司が祭典を奉仕していた花屋敷(宝塚市)の繁昌稲荷社(サントリ−創始者・鳥井氏邸内)の建て替えを機に、旧社殿(室町時代の建造)を譲り受け、服部天神宮内に移築。西宮神社より分霊を勧請しまつられました。
そして、翌26年から、えびす祭が行われるようになりました。平成14年(2002年)までは「服部えびす祭」と称していましたが、15年から「豊中えびす祭」と改称。約35万人の参拝客を迎える北摂屈指の「えべっさん」となっています。

豊中えびす祭は、例年9日の「宵戎祭」、10日の「本戎祭」、11日の「残り福」と3日間行われます。
参拝者に福笹や吉兆を授ける福娘は、毎年500名もの応募者の中から、20数名が選出されています。

さて、極もんは今回初めて、豊中えびすにお参りしました。これまで、えべっさんは今宮戎しかお参りしたことがありませんでしたが、また違った雰囲気のえべっさんを楽しむことができました。
今宮戎では、福娘が参拝者の福笹に縁起物を付けてくれますが、こちらでは、あらかじめ縁起物が付けられた福笹が授けられます。

服部天神宮では、えびす神社は境内社ですので、本殿にお参りすると足の神様になります。商売繁盛を願う、えべっさんにお参りするには、本殿南隣の拝殿に手を合わせなければなりません。極もんは、ブログにたくさんのアクセスをいただけるように願って参りました。

▲商売繁盛は、こちらえべっさんの拝殿にお参りを

▲正面からお参りした後、裏で「たたき板」を叩き、「えべっさんたのんまっせ」と念を押す。昔は下駄で叩いたのだそう。
ところで、そばの阪急服部駅は、明治43年(1910年)の阪急電鉄(当時・箕面有馬電気軌道)開業時から設置され、当時の駅名は「服部天神」でした。
境内の一部が用地に転用されており、ホームになった場所に元からあったくすの木が御神木として、現在でも大切にされています。毎年、服部天神宮の夏天神祭の日(8月24日)には、駅構内で阪急電車安全祈願祭が行われています。

▲阪急服部天神駅ホームのご神木。2013年12月21日、服部駅は服部天神駅に駅名変更されました(2014年1月8日追記・写真追掲載)。
【地図】服部天神宮
住所:大阪府豊中市服部元町1-2-17 阪急宝塚線服部天神駅から東へ徒歩3分。
住所:大阪府豊中市服部元町1-2-17 阪急宝塚線服部天神駅から東へ徒歩3分。
Re2014.1.8
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熊手 福みの 1,500円 今宮戎神社でご祈祷済み。 |
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賽銭箱貯金箱(ノーマル色) 1,024円 |
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